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一週間過ぎれば、令和二年 年号が替わり365日間の令和の始まりです。
明ければ子年、7回目の干支を迎えました、8回目の干支まで頑張ろうと考えると96才、呆けずに頑張れるか疑問です。
最近は各国の首脳達が申し合わせたように個性的なになりつつあります。
個性的と言えば聞えがいいが自己主張が強く妥協することを忘れたか知らないかのように感じます。

無限の欲望を抱くようになった人間は如何なる現状にも満足することなく暮らしています。

静かな声は何時しか大音声に掻き消され埋没し、声なき声は無に帰すのです。
結果として生まれた指導者が国を動かす時、世界はその国の国民の声と認識します。

和を尊び調和を望む人々の声は静かに流れ、自己主張する人々の声は大きな叫びとして流れます。
自分の頭で考え行動することが国を守り国民の幸せを齎します。


by tabibitohide | 2019-12-24 21:37 | Trackback | Comments(1)

日本はどうなる??

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最近、視力の衰えを感じます。
右目の乱視が進行したようでピントが合いません。
左目は異常がありませんが接眼を左眼に変えても違和感がありオートにするとピントが甘くなります。
20年前の写真を眺める事が多く成りましたこれも20年前の画像です。
最近の政治家・企業のトップの言動を聞くごとに自分が43年間,勤めたかいしゃの社長の言動を思い出します。
戦後に起業した中小企業の創業者共通の認識を最後まで持ち続けた人でした。
残念ながら59才の若さで夜をされれましたが生存ならば現在、97才、私の人生に多くの心を残して貰いました。利益は①社員の働きに対する当然の報酬は惜しまない②社会への還元(税金}③出資者への還元(株式配当)④社内留保、税は取られるではなく払うものである。
社宅を最初に作り福利厚生費として既婚者の生活の安定を画りましたがこれは税務当局から現物報酬と認定するとの通達により限度額に変更せざるを得ませんでした。
何時も某大企業の給与表を手にしていて、「中小企業の社員でも同じ仕事ができていれば大企業社員と同様の報酬を与えるべく経営者は努めるべきだ」と語りそうできるように努めていました。
尊敬できる人が少ない世の中になりました。


by tabibitohide | 2019-12-22 21:58 | Trackback | Comments(2)

公文書廃棄

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世の季節は冬になりました。
国民の心も冬の気分を味わっているのではと感じます、少なくとも私には・・・・。

最近は国会中継も観ません、子供の言い訳でも通用しない議論を延々と聞くことほど苦痛はありません。

「桜を見る会」の論戦?論戦と言えるレベルにもとどきません。

記録は廃棄したから判りません??脳味噌の中には多少なりとも残っているだろう頭を割って脳味噌を調べろと言いたくなります。

国民が経営する会社法では会計書類会社法では10年間、税法では申告後7年間の保存が義務付けられています。無くした、廃棄したでは通りません。
罰則もあります、
①青色申告の取り消し②推計課税③仕入れ税額控除認定せず等々、爾後の多くの不利益が生じるのみならず、悪質と認定されれば犯罪者です。
議院内閣制での三権分立の弱体化、小選挙区制による政党中枢への権力集中等の危惧されていた部分が顕著になったのでしょう。

現状を是正するには主権者たる国民、有権者の意識改革を待つほかありません。



by tabibitohide | 2019-12-04 21:08 | Trackback | Comments(0)

73年前の12月を想う

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昭和21年12月、凍てつく満州大連の仮住まいの一隅で10才の私は夢か現の中で生きていました。
今でも夢の中の出来事のように思えます。

秋の終わりまでは大連の街角で首から下げた箱に饅頭を時にはピーナツを入れ売って幾許かの食費の足しを稼いでいました。

12月にもなれば寒空の下、街行く人の疎ら、寒い家の中食卓の下に電熱器を入れ破れ布団を掛けた中で妹二人で父と姉の帰りを待つ日々でした。
生きているのか死んだのか判らぬその頃のある日夢を見ました。

夢の出て来たのは俵藤太と大百足・・百足が話すのです「お前たちは来年、1月14日に日本に還れるもう少し頑張れ」帰って来た父に話すと「お前が見た夢なら本当だろう、頑張ろう」と言いました。
翌日、畳に手を点いて起き上がると指の間に痛みが走り見ると百足に噛まれたのです、氷点下に居る筈も無い百足です。

然し現実だったのです,明けて正月、14日、引揚が始まるので明朝10時に〇〇小学校へ集合するようにとの連絡です。

収容所を経由してようやく2月初旬、旧正月の日に夢に見た日本内地に帰り着いたのです。

父の実家で一か月ほど床に着き回復してすぐに小学五年に復学、違う世界に来たような生活・・慣れるのに長い時間が必要でした・・


by tabibitohide | 2019-12-01 21:36 | Trackback | Comments(2)