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毎日、テレビのチャンネルを回すと(古い!!)日大アメフト問題ばかりです。
日本には日大アメフト以外にニュースが無いように見える様相です。

テレビを見ながら突然、思い出が浮かびました。昭和30年の夏の頃、帰省中の田舎で中学校のミニ同窓会をするとの連絡があり母校に行くと10名ほどの級友が集まつていました。

その中の一人が誇らしげに名刺を配りました。
大学生が名刺?と思いながら見ると「日本大学アメリカンフットボール部」とあります。

「学部は?」と訪ねると「アメフト部」との答え、日大にはアメフト部と言う学部があるのかと聞き流しました。

数日後、偶然出会った高校の同級生が名刺を渡すので、大学生は名刺を作るのかと納得で読むと「熊本大学医学部」とありました。
先日の名刺の話をすると「日大にはアメフト部と言う学部は無い」と言われ???高校時代の友人の名刺も中学時代の友人の名刺も自慢を見せる為かと納得したものです。

調べて見れば、日大アメフト部も医師の世界も昭和30年代から上昇気流に乗ったと知り、世情に疎い自分に今頃、気付きました。


by tabibitohide | 2018-05-31 20:49 | Trackback | Comments(0)

アスペルガー症候群

いつの頃からか自分は、アスペルガー症候群では無いかと思った事があります。

昔の事で忘れていましたが、今日、はたと思い浮かびました。

今日のある会合の開始時間は1130分、5分前到着が自分の決め事です、バスの到着時間も確認、途中で本屋に寄り喫煙場所で一服、到着時間を計算して歩き始めるが加齢による歩みの遅さに急ぎ足で到着すると6分前、一分間の休憩で5分前に到着。

これは私の何十年にも及ぶ習慣です。

車の運転も知り尽くした場所もカーナビに登録します。

最近のカーナビは到着時間が正確です、正確な時間に到着しないと心が乱れます。

幼児の頃、幼稚園に絶対に行かないと抵抗したことが有ります。

周囲が「友達が出来るよ」と説得しても「友達はいらん」と行きませんでした。

小学校は義務教育だから嫌だけど行くと言った覚えがあります。

実際に友達と遊ぶより一日中、蟻の動きを眺めたり小鳥を眺めているのが楽しい時間でした。

40数年の社会人生活で予定表は作った覚えはありません。

「頭が混乱するのでは?」いいえ脳には系統立てた索引が造られています。

最近は大分、怪しくなっています。

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    1才の私と姉です。この時の記憶も残っています。「本当かな?」「本当です」
       旅順市松島町に住んでいたころです。


by tabibitohide | 2018-05-30 21:16 | Trackback | Comments(0)

不器用な男達

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私は昭和111月の生まれ昭和初期に生まれ、戦中・戦後・現代と昭和・平成・〇〇と3代を生きる筈です。

僅か45年の誕生日の違いで性格が大きく違うようです。
戦前・戦中の教育を受けた男性には不器用な男が多く見られます。

「寅さん」は極端にしても自分の心情を抑えるタイプの男は珍しくありません。

私の父もそうでした、昭和21年の春、重篤な病に伏せる母が「内地に帰る時は連れて帰って」と頼む母に「歩けないなら置いて帰る」と話す父を冷酷過ぎると恨みました。

その後で「お母さん僕が背負って帰るから心配しないで」と言うと、小さな声で「有難う、何とか歩けるようになるね」と言った言葉を忘れる事が出来ません。

医者もいない時代、5月に母が6月に末妹も8ヵ月で亡くなり荼毘に付して遺骨で日本内地に帰りました。

3年後には父も亡くなり父との会話も無い儘にあの冷たい会話だけが残りました。

然し、長じて自分も父親になり息子との会話が少ない事に気付きます。

顧みて思えば「置いて帰る」の言葉も「元気になれよ」との言葉だったのです。


現地で亡くなった肉親を山に埋めて埋葬した方々の話を聞くと荼毘の薪を探し回り僧侶を探した苦労に思い至ります。


不器用な男はセクハラもパワハラも無縁です。

ただあるのは弱者を守ると言う意識です。現代社会では誰が弱者か判りませんが・・・



by tabibitohide | 2018-05-29 21:27 | Trackback | Comments(0)

海軍記念日

今日5月27日は海軍記念日でした。
海軍記念日と言われてもご存知の方は少ない事でしょう。
明治38年(1905年)日露戦争でバルチック艦隊を撃破したことを記念して昭和20年(1945年)まで様々な行事が行われていました。
旅順港の近くで生まれ育った私は毎年、旅順港で行われる「海洋少年団」のカッター競技の見学に行かされていました。
寒かった思いだけを記憶していますが多分、寒い時期から練習があったのでしょう。
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小学5年から海洋少年団入団が義務付けら、れ大きなカッターに大きなオール、10~12才の少年が漕ぐのは大変です。
幸か不幸か小学4年で終戦、経験はありません。
家の隣は海軍予備士官学校、弱冠20才前後の若者が下士官の教官にしごかれるのは見るも悲惨なものでした。

然し、卒業して海軍マントに身を包み短剣を吊り教官の挙手の礼を受けて校門を出て行く姿は颯爽として憧れた者でした。
すべてが幻の如く消え去った過去の物語です。

by tabibitohide | 2018-05-27 21:31 | Trackback | Comments(0)

友達とは

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私は友達と呼べる人が少ない、そもそも他人が思う友達の定義が判りません。

一緒に食事や呑みに行く、旅に出る、遊びに出掛けるのが友達とすれば皆無です。

私の友達の定義「会えば挨拶し、会話が弾む、」人は無数に存在します。

小中学生時代の友人は皆無、45年の社会人時代の友達と呼べる人も皆無です。

唯一、高校時代のクラスメートは3年間、同じクラスの所為か交遊があります。

然し、会う人全て瞬時の友人、会話を楽しんでいます。

このブログを読んでいただける方は素晴らしい友達です。



by tabibitohide | 2018-05-26 21:43 | Trackback | Comments(2)

ジェネリック医薬品

今日も調剤薬局で「この薬はジェネリックが有りますが?」と言われました。
効能は変わらず廉価とは十分承知です。先月も断り又言われると鬱陶しくなります。
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私は薬に敏感で服用中の薬も何回も変更してようやく効果が出て3年ほど服用中です。
昨年も降圧剤を変更されたら急激に降り過ぎて元に戻したばかりです。

人間の体は人それぞれ一番、判るのは自分です。人生80年を過ぎれば己の経験を大切に過ごしたいものです。

by tabibitohide | 2018-05-25 22:24 | Trackback | Comments(0)

あの日大連の街角で

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人間は記録には無くとも瞬間の記憶が鮮明に残されている。
私は小学3年生までは劣等生と分類されていた。

恐らく可愛げのない子供であったに違いない。

4歳ごろから本に親しみ愛読書はサトー・ハチローの文章だった。
玩具よりも菓子の類より本を読むことが好きで少学入学時には大抵の漢字は理解していたように思う。
読めなくても仮名の間にある漢字の意味は理解出来るものである。

残念ながら入学しても社会性は絶無で一人自分の好きに過ごしていたように思える。

最初の通知表はテストで100点ばかりで期待した親の期待に反し「乙」と「丙」であった。
父が学校に疑問を呈してから3年間は常に劣等生で過ごした。

4年次に担任が変わった日に級長に指名されたが多分、社会性も伴ってきたに違い無い。
然しその期間は8月15日終戦の日を境に終わりを告げた。

それから1年を過ぎた移住した大連の街角で突然、声を掛けられた「〇〇君じやないか?」

渡辺先生だ!!荷車を引いた仕事姿である。
「もうすぐ日本に帰れるぞ、日本で会おう」と紙切れに故郷の住所を書いて渡してくれた。

それが最後である、当時の大連の日本人は約30万人、奇跡の再会だった。その後の半年間、飢餓と病の狭間を過ごす間に住所を記した紙も失せ、再会の夢も失せたただ福島県とだけ覚えている。

然し、記憶にはその場所も渡辺先生の容姿も鮮明に記憶に刻まれている。
私が記録より記憶を重視する由縁は此処にある。


by tabibitohide | 2018-05-23 21:32 | Trackback | Comments(0)

日大選手の会見に思う。

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日大アメフト部の選手の謝罪会見を見て、この20才の青年が今の純粋な心を持ち続けて貰いたいと願わずにはいられません。
識者のコメントを見ると、告白した選手の勇気を称える一方その勇気を、反則を行う前に断る勇気を求める声も聞こえます。
私には到底、そのような言葉を発することは出来ません。

会社で地域でましてや上下関係が厳しい狭い社会でそれが出来る人がどれほど存在するでしょうか?
人として社会人としてその行動は正義に違いありません。
社会人であれば職場を失い、学生は学び舎を追われる覚悟を求められることです。

日々テレビで観る政官界のエリートを見れば国家を担う人間に出来ない事柄、20歳の若者にそれ以上を求めるのは酷です。
彼に新しい道が開かれることを願うばかりです。


by tabibitohide | 2018-05-22 21:57 | Trackback | Comments(0)

妥協するとは?

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妥協する事を知らない人が増加しています。

交わる人が多くなるほどに異なる意見も多くなります。

集団で行動するためには一定の妥協が必要ですが、最近は妥協=負けと考える人が増えたように思えます。

政治の世界を筆頭に自己主張を正義として掲げ、妥協を許さない組織・団体が多く見られます。

一番、最悪は、トップが妥協を知らない組織です。

そこに側近の忖度が始まり硬直した組織が完成します。

物の本に依れば「妥協とは」

主張・利害が対立している場合,当事者の一方または双方が,その主張・利益の一部を断念,譲歩して合意の形成を図ること。政治技術の一形態。強制や奨励と異なり,妥協は,みずからの要求水準を下げることによって相手方の同意を調達する方法であり,制裁,報酬の手段をもたない場合にも可能な政治技術である。この点では説得と似ているが,他面,妥協は説得と異なり,利益の違いを否定したり解消したりしないで,あくまで相互の要求の正当性を認めたうえで合意形成を図るところに特徴がある。

抜ける事の出来る組織は抜ければ良いが抜けれぬ組織は皆で変えましょう。



by tabibitohide | 2018-05-18 21:39 | Trackback | Comments(0)

学ぶ事の本質を考察する

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最近の高齢者の知識欲には敬服する毎日です。
私はパソコンに関しては趣味の範囲で、必要な事柄以外には無関心で暇があれば本を乱読するのみです。

元スタンフォード大学客員教授 野口悠紀雄氏が一橋大学教授のころですから
30年ほど前でしょうか氏の講演を聴く機会がありその一節が印象に残りなるほどと納得して今日に至っています。

「アナログ世代はコンピューターを系統的に学ぶことは無理であるし無駄である。

山を麓から登ろうとは考えず目的地に落下傘で降下する必要がある、目的地を探す方法を学ぶべきだ。」という要旨でした。

以後、深く学ぶことを捨て「必要なときに必要なことを学ぶ」を趣旨に過ごし不自由を覚えることなく過ごして来ました。

当時は記憶力には多少の自信を持っているつもりでしたが記憶には限度が有ります。
然し落下傘で降下するにも目的地を探す必要に迫られます、その為の索引だけを記憶するように決めました。

現役引退後は全てが趣味の世界です、パソコンもデジカメも全て必要部分を書籍頼りの独学です。

残りの人生に必要不可欠な事はもう少なくなりました、教えを乞うのは基本だけで充分です。

「自分自身が学ぶことの楽しみ大切に」との思いを大切に過ごしています。



by tabibitohide | 2018-05-17 22:21 | Trackback | Comments(0)