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あの日から一月、今は?

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3月30日、KSNの観桜会 雨の中で熊本城長塀、天守閣を撮影した。
この名城の姿は大きく損傷した。
この姿を生きている間に再び見ることが叶うであろうか?
安住の住まいの崩壊という悲惨な被害を蒙った方々の復興が第一であることは言うまでもないが観光熊本のシンボル熊本城の復活も早かれと祈るほかない身である。


by tabibitohide | 2016-04-28 22:50 | Trackback | Comments(0)

大型店舗利用見直し

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熊本のみなさん、震災被害のお見舞い申し上げます。
地震の発生から長い日が過ぎた気がしますが実際は2週間、苦しい時間は長く思えますね。
大型店舗はほぼ全休、日常生活に多くの支障をきたしています。
その中で中小の商店は商品確保、従業員の確保に苦労しながらも市民生活の手助けに懸命です。
大店法の規制緩和で市場は大企業の寡占状態です、また一般大衆も利便性を求め、中小零細商店を消滅の道へ追い詰めました。
働く従業員に客との繋がる心があっても企業には許されません、大企業にとっては客は利潤を運ぶ大衆に過ぎないのです。
土地に密着した企業、従業員はいかなる時も客と同じ視線で存在しています。


by tabibitohide | 2016-04-27 21:18 | Trackback | Comments(0)

人との出会い!!

2階からの雨漏りが酷く、1階まで冠水の惨状、21日夕方 旧知の工務店に依頼しました。
「被災住宅の修復で追われているので明日中には見に来ます」の返事を貰いました。
翌22日は早朝から病院での定期診察日、10時頃に帰宅すると既に応急処理が終了していました。
その工務店の社長との出会いが偶然の重なりでした。
30数年前、勤務先の社屋が突然の揺れに襲われた震度5・・6??社員に机の下への避難を呼びかけたが揺れは止まらない??揺れの震源地は隣だ!!
階段を駆け下り隣接地の建設現場へ隣地では基礎のボーリング中、岩盤に当たり衝撃で揺れが発生したのです。社屋のひび割れ修復の対応をした20代の現場代理人が彼でした。
その日から10数年後、建設業界のイベントのブースで出会った業者と「何処かで会いましたね・・」とお互い話しながら思い出せずに別れての帰り際に思い出しブースに戻ると相手も同時に「今、思い出しました」と名刺をお貰い別れました。
数年後、地方の営業所の道路移転に伴う転地新築の社屋建設の緊急工事に際して建設業者の選定に苦慮して思い出し名刺を頼りに電話すると「やらせて下さい」との一言で決定しました。
爾後、10数年に亘り、本社改築、10か所の営業所の新・改築と現在も続いています。
人との出会いは話しかけねば始まらない、苦しい時ほど話し掛けることで何かが始まると肝に銘じています。熊本県人は見知らぬ人と話すことが苦手です、然し話さねば何も見えません、見知らぬ人と話してみませんか?何かが始まるに違いありません。
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地震ににも災害にも無関係に庭の花は季節通りに咲き始めています。

by tabibitohide | 2016-04-23 21:37 | Trackback | Comments(0)

油断大敵

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妹のマンションの惨状です。
我家は外見的には損傷が見えず、水、米の調達ばかりに目が向き、今日の雨で屋根瓦の損傷が酷く家中、水浸し、超高齢者は確実に近視眼的になっています。
もう少しは命が残っているようですから余命の期間の棲家ををゆっくり考えなければと思案中です。
ブログを書きながら考えました、昭和22年日本に引揚げた時は裸一貫、持っていたのはシラミだけ、それも進駐軍のDDTで全滅されて這い上がった人生、命さえ残っていれば残り少ない人生を楽しく暮らしましょう。
それにしてもこの災害で命を奪われた方々には残念無念としか言いようがありません。
合掌。


by tabibitohide | 2016-04-21 19:10 | Trackback | Comments(0)
初めて経験する強い地震に熊本県民多くが驚愕しました。
残念ながら多数の人命が奪われた事には唯々ご冥福を祈るほかありません。
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我家の裏からの今日の熊本城、2000m超えの遠目では変わらぬ姿ですが
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引き寄せてみれば瓦の落ちたさまが歴然です。400年の歴史を誇る石垣の修復も大事ですが、まずは今を生きる人々の生活の復活を助け合いましょう。
被害を受けた方々の苦労は始まったばかり気持ちを新たに頑張りたいものです。

by tabibitohide | 2016-04-19 15:33 | Trackback | Comments(0)

閑中閑あり。

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ごみ置き場の散乱は毎日のこととなりました。
大学は新入学生が入りゴミ出しルールも全く理解せず、管理会社も入居者募集に血眼で入居者への遵守事項も厳しくせずお客様は神様扱い近所迷惑甚だしいことこの上無しの状況です。風が吹けば我が家まで飛来する始末。
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今年はジュニヒトエが咲き誇ります。住まい始めて40年、ようやくグランドカバーの草花の重要さに気づき始めました。幼馴染の訃報を新聞の「おくやみ」欄で知りました。中学卒業後、会う機会もなく20年前の還暦同窓会で会い大阪に住まうことを知りましたが「最後は故郷天草の地に眠る」故郷がある人はやはり心の拠り所は故郷に在ると痛感します。
故郷を持たない身には一抹の寂しさを覚えます。



by tabibitohide | 2016-04-14 21:26 | Trackback | Comments(0)

ドクダミ退治

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火曜日、金曜日は毎回これ以上の惨状です。
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雑草のシーズン、除草の跡地には猫の糞のお土産が毎朝です。
様々な対応策の結果、糞の処理後に石灰を撒くと次回は無く効果が期待できそうです。
次はドクダミ除草、これほどしぶとい草を知りません。
昨年春に「ラウンドアップ」を散布した場所には生えて来ないので雑草だけの場所は今年も試して見ます。
必要な植物を植えた場所はそれができません。今年は刷毛で一枚づつ塗る事を試行します。ネットで調べると狭い庭なら出来そうな例ばかり、広くなれば到底無理な話ばかりです。
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サギゴケも雑草に隠れグランドカバー役割を果たしていません。彼等も役目を果たせず「残念草」です。


by tabibitohide | 2016-04-10 21:50 | Trackback | Comments(0)

老いるとは何?

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今日は二人の老いたる人物を見ました。
一人はカリスマ経営者と喧伝された「鈴木敏文氏」83才。
今一人は、”世界一貧しい大統領”として知られたホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領80才。
お二方ともに私と同世代、肉体的には十分に高齢者です。
後者の言葉には微塵も衒いなく裏を感じさせません。
前者の言葉には本音の思いが感じられません。
何が違うのであろうかと考えました。真のお二人の生きてきた道は知る由もありませんが、無い脳が考察すれば、自分の心の儘の言葉を発して来たか、否かの違いであろうと考えます。
どちらが正しいかは簡易に断定出来ませんが、人間、歳を重ねれば肉体の衰えは致し方のない現実、その時に脳の衰えを如何に自覚し現状維持をできるかの違いではと?
本音で生きることができた人は幸せな人生と思えるに違いありません。世間で馬鹿呼ばわるされようとも・・


by tabibitohide | 2016-04-08 22:51 | Trackback | Comments(0)
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桜が散り、春の花々の季節の終わりが近付きました。
世の中の動き政治を知る年齢になってから70年の時代を生きてきました。
私達、庶民が希望を失い将来の展望を持てない時代は21世紀に当初から始まったように思えます。
戦後の中国東北部でのソ連軍占領下での生活、中国共産党治世下の究極の耐乏生活でも日本に帰ればとの希望を持ち続けました。
日本帰国後の食糧難の時代でも僅かながらも未来に燭光が見えていました、そして得難い自由を感じ取ることができました。
私がリタイアした、2000年までは景気の後退は感じながら将来のに夢を持つことができました。21世紀に始められた規制緩和、この規制緩和が庶民のための規制緩和では無く、大企業、新興企業勢力への優遇規制緩和に過ぎなかったのです。
そして今、国民は自由に発言することさえ規制されつつあります。
戦後社会で自由に発言する時代が到来する等、考えもしなかった事態に進行中です。少しづつ熱せられる鍋の中で知らぬ間に泥鰌鍋になるドジョウのように・・・


by tabibitohide | 2016-04-06 21:55 | Trackback | Comments(0)

記憶に残る人々

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長い人生で出会う方々は多い。
私の人生で出会った方は何人になるのだろう。
数多くの人の中には強く印象に残る方々がある。
その中のお一人「菅谷政夫」氏、ネグロス電工株式会社 初代社長である。
一般には馴染みのない電気材料メーカー創業者で故人である。
電気設備工事に携わる人々が必ず手にする製品の開発者である。社名の由来はフイリッピン、ネグロス島の守備隊
で600人の大隊中、生存者僅か50数名という激戦を生き抜き生還、戦死した戦友の分まで生きると決めて名付けたと聞く。営業は部下に任せ常に工場で研究に没頭する寡黙な方であった。
私も一度お会いしただけであるが、二人きりで長い時間お話しした。話の内容は他愛の無い話であったが、その後お会いする機会も無く過ごしたが何くれとなく気にかけて戴いた。
その会社の役員のかたがたからは社長が社外の人と長話をするのを初めて見たと驚かれたことを思い出す。
ただ一度の出会いでも生涯思い出す人も居るという事を常に思い出す。


by tabibitohide | 2016-04-03 22:53 | Trackback | Comments(0)