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秋の訪れは?

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立田山自然公園の効用は?と訪ねてみた、管理人さん曰く今年は台風で多くの枝が折れたので期待できないでしょうとの事。 未だに枯れ枝の処分が未処理。
昨夜のフルムーンは雲に遮られアウト、一夜遅れのフルムーン残念ながら雲・・雲の合間の僅かな時間で記録を残す。
コンパクトカメラで1,300mm,最近のカメラの制度は確実に上がっている。
超望遠で手持ちでどうにか写っている、まあ良しとする。
三脚、据えて限度一杯、試してみよう。


by tabibitohide | 2015-09-29 22:00 | Trackback | Comments(0)

情けは人の為ならず。

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庭に育てた朝顔は散り種を残すのみ、雑草と化した朝顔はしぶとく咲き誇る

「情けは人の為ならず」この言葉が誤用されていると言う。
然し、考えると最近の世では誤用とは言い難く以外に実情に合致するように思える。
人にかけた情けは人の為では無くいつか自分に戻ると言うのが本来の意味と言うが、このような事はあまり無い。
実際には、窮状を救うべく親身に応援してもよくなっても敬遠され、悪くなれば恨まれる。
自分の数十年の経験では窮状時代を知る人はやがて避けられる。人の為にも己の為にも良いことで無い場合が余りにも多すぎる世知辛い世の中である。


by tabibitohide | 2015-09-28 21:25 | Trackback | Comments(0)

十五夜に思う

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子供の頃十五夜が年によって暑い夜、寒い夜と違うのが不思議だった。
天草の田舎では例年、藁で大繩を撚り綱引きが始まる。
終われば綱を巻いて土俵を造り相撲大会の開始。悪ガキどもは無人となった家々の柿をちぎりに走る。
別に柿が欲しいわけでは無く、日頃 口煩く怒鳴られる家を狙う遊びである。
今は、柿を盗み梨を盗るのは悪ガキでは無く大人の盗人だと聞く、世知辛い世の中である。

中秋の満月を眺め幼き日を思う。


by tabibitohide | 2015-09-27 21:11 | Trackback | Comments(0)

子の幸せは親の喜び

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ヒメジオン(姫女苑)荒野に咲く花と聞く。
我が家の庭に咲き誇るが名も知らずに花が散るまで残していた。よく見ると可憐な花である。

昨日の熊日に10人の子供を持つ宇土の岸さん家族の記事を見た。
少子化の現在、10人の子育ての苦労が偲ばれる。然し昔に比べれば現代社会は幸せである。

我が父の兄妹は12人である。伯父の明治34年をと大正14年生まれの叔母は24歳の年齢差がある。上から順に家を出て行くため一緒に暮らした覚えが無い兄弟も多かったようである。
終戦時に生存していた兄弟姉妹は4人だけ、戦死、戦病死、異国の地で病没と苦難の時代を過ごした年代である。
92才まで生きた祖母は「子供が多いだけ哀しか、業、業・・」と嘆いていたのを思い出す。
現在の福祉政策が完全とは言い難いが国策で子供の命を奪われる事は無い、これだけでも喜ぶべき事であろうか・・・


by tabibitohide | 2015-09-25 19:03 | Trackback | Comments(2)

寛容さ欠如の社会

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十人十色、昔から言われ、誰しも口にする文言。
判っている筈なのに己が直面すれば忘れ去る。
政治の世界でも然り、同じ目的、目標を持ちながらもお互い異なる思いを持っている、故に議論を交わし大同小異で合意する。
然るに議論の前に、少しでも異なる意見を造反と切り捨てる。卑近な例でもメーリングの意見に反論する、中には人格否定と思われる文言も見る。
自分と異なる意見を受け止め咀嚼する寛容さが欲しい。
現役時代、いつも話していた、他人の話は無心で受け止めよ、それは違うと思った瞬間から自分の耳には入らない、無心で受け止め、自分の考えとすり合わせよと・・自分も他人の話を無心に聞く事を心掛けてきたつもり・・・ともあれ寛容さが欲しいと思う昨今である。


by tabibitohide | 2015-09-23 21:56 | Trackback | Comments(0)

高齢者の孤立。

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トロロアオイ今年はもう終わり
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夕顔(ヨルガオ)この花も今年の最期。

日本の高齢者(65才以上)が3,296万人、人口の1/4を占めるという。
75才以上は1/8 高齢者天国である。その割には高齢者に住み難い国になった。歩いて行ける範囲に魚屋・肉屋・八百屋・雑貨屋、何も無い。
これも今の高齢者が元気なころに利便性を追求し続けた結果である。
結果、再び利便性を求めて高齢者施設に入り急ぐのだろうか?
老後の無聊を癒す為に趣味の世界に逃避するか?終わりの無い利便性の追求で生涯を終える。

温水器の分離層のように隔絶された社会が正常とされるのならば高齢者が高齢者のための新たな生活環境を造る方策を探求する時代になったのであろうか・・・


by tabibitohide | 2015-09-22 21:18 | Trackback | Comments(0)

蜜柑の熟れるころ。

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今は彼岸の頃、甘い蜜柑の出荷が始まる。
子供の頃には冷たい風が吹き始め正月が近付く季節になれば蜜柑も甘くなり卓上に並んだ。
蜜柑の季節になる毎に19才で哈爾濱で病死した叔父を思い出す。16才で満蒙青少年義勇軍に参加した叔父は北満の開拓地で病を得、哈爾濱で没した。昭和17年7月、弟の危篤の報を聞き旅順から哈爾濱へと駆けつけた。
生前の父は弟の最期をよく話していた。
意識の薄れかけた弟に「何か欲しかもんはなかか?」と問いかけると「アキラあんさん、蜜柑ば食いたか・・」と言ったそうである。
夜の街の果物店を探し回ったが蜜柑があるはずもなく缶詰さえ無い。
ようやく見つけた桃の缶詰を口に入れると「あんさん・・蜜柑な美味かな」と言って数時間後に息を引き取ったという。
北満の地に蜜柑が有る筈も無く、故郷を離れて一度も口にしたこともなかったであろう。
誤った国策は無垢で純粋な青少年の命を無駄に捨てさせ省みることも無く忘れ去られ歳月が流れ再び同じ過ちを繰り返す、庶民の無力さのみを感じ、虚しさを覚える。


by tabibitohide | 2015-09-21 21:31 | Trackback | Comments(0)

随兵寒合

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数年振りに随兵行列を見に出掛けた、我が陋屋から約3Km、歩いてみた。歩くほどに歩く感覚が戻って来た。 
飾り馬団体の様相も様変わりしつつある様に思える。
30数年前、少なくなりつつある飾り馬の復活するべく高校の先輩有志諸兄が私財を出して運営し始めたが、何時しか校友会主催の会費制と変遷したやに聞き及ぶ。校友の高齢化に伴い昔日の活発さも減少したのであろうか高校OBの姿が見えなかった気がした。


by tabibitohide | 2015-09-20 20:59 | Trackback | Comments(0)

国が守る国民とは?

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    シユウカイドウ(秋海棠)可憐な花の季節です。
厳しい夏、苛烈な風水害が到来しても清涼な秋の到来があります、日本の自然って良いな!!
日本の秋を知ってから68年目が到来しました。
生まれて初めて黄金の稲穂を眺め、柿の実の色を見ながら柿右衛門の磁器を知り温暖な九州の冬を経験しました。
この美しい国と住む人々を守るのは誰だろう。・・・自分たち一般庶民しかいません。

政府が守る国民とは貴方ですか、私はそうは思えません。
先の大戦で戦地に残されたのは名も無い一般庶民です。私の周辺では高官の家族は誰も残留していません、いつしか音もなく帰国していました。
将兵も然り、戦の指導層で戦後裁かれたのは数えるほどです。
最前線に取り残された将兵は戦の責任を負わされた多くの人々がいます。
国家が守る国、国民は私達の故郷、大衆では無いのです。
国民とは国家を指導し大衆を指揮する人達の事です、歴史に学ぶまでもなく高齢者の経験を知るだけでも充分です。



by tabibitohide | 2015-09-19 20:40 | Trackback | Comments(0)

慣例的法秩序の破壊!!

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現在の世界情勢を見ると従来遵守されて来た秩序が力により破られその事実は明白でも、抑止する術が失われている。歴史を振り返れば従来守られて来た秩序が破られる時代が到来する。
ある時は武力で、またある時は言葉に酔った大衆により・・その時代が何時しか毀れ乱世となり終息し新たな秩序が生まれる。その周期は100年であり数100年である。混乱から再生した時代を知る人々の存在が消えた時に起きるのは人の愚かさである。
人間は現状に満足しない動物である、無いものを追いかけ疲れて自滅する繰り返す哀しい性である。
安倍首相は自分で踊っているのか、踊らされているのか?しぶとさの無い、典型的な三代目である。
従業員であれば逃げ出せば済むが国民はそうはいかない。
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市役所から傘寿の祝い品が届いた、毎年、変わる敬老の日、政治家の新年のように変わり過ぎて目が回りそうである。


by tabibitohide | 2015-09-18 21:48 | Trackback | Comments(0)