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国家は民を守るか?

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5月になると思い出す。
昭和20年5月、叔父が8年間の軍役中に戦死、昭和21年に母、妹が大連で死亡、上海からようやく日本に帰り着いた叔母が病死、すべて戦争を原因として命を終えている。
満州で過ごした昭和18年ころ同級生が段々少なくなって行った。
同居していた一人の叔母も日本へ帰国した。
現地に留まったもう一人の叔母も現地で病死した。病気しても医者も薬もない場所で、亡くなっても読経はおろか線香一本もなく葬られた。
戦後、叔母や姉に聞いたのは軍の上層部から幹部には家族を帰国させるように隠密裏にっ伝言があり我が家でも父が母へ子供を連れて帰国するように説得したが母が家族はどんな時も一緒にいるべきだと反対し叔母だけ帰国したとの事だった。
国の中枢部にいる人々は自分と身内を最優先する俗物である、絶対に信頼できない存在である。
国民は彼らにはその他大勢に過ぎないのである。
by tabibitohide | 2014-05-26 21:31 | Trackback | Comments(0)

今日の「ピンク」

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昨日は何処に出掛けたか不在だった「ピンク」今日はひねもす昼寝タイム。
昨夜は毎晩の「餌配達小母さん」が餌を置いて立ち去ると10数匹の猫集合。
急に猫が逃げ出すと子狸の登場、毎晩の行事である。

猫は食事中に人間が近づいても見向きもしないが子狸は足音だけで走り去る、暗闇でも見間違う事は無い。
野良犬が居なくなれば野良猫、狸が占拠する、アメリカが去れば何処かの国が我が物顔でのさばる。
人間界も野生の世界と変わらない。
by tabibitohide | 2014-05-22 17:23 | Trackback | Comments(0)

吾輩は猫ではない!!

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我が家の前の駐車場に10年以上住み続ける猫である。
彼?は絶対、他の猫達とは交流しない。
彼にその生い立ちを尋ねてみた。・・・・・・

「吾輩は猫ではない、名前はピンク、毛が生え揃うまではピンク色だったらしい。
人間の言葉はわかるが私の言葉は人間には通じないようだ。猫達とは会話不能である。
産まれて一年ほどは若い人間の女性と暮らしていたが、ある日突然、外に出され彼女は出掛けそれっきり帰ってこなかった。
近くの人間の話を聞くと、彼女は大学を卒業し県外の家に帰ったそうだ。
つまり私は邪魔で捨て子(猫)になったらしい。
親切な人間が彼女の実家を調べ連絡したが親は適当に処分してくれと言ったとか、まるでゴミである。

彼女に似た女性を見かける度に声を掛けるが人違いだ。男性には声を掛けない。
私も老境に入ったもう再会は叶わないだろう。みんなに伝えて欲しい{捨て子(猫)は罪だ}

彼は再会に一縷の望みを抱いてこの場所を離れずに住みつづけている。
by tabibitohide | 2014-05-20 09:14 | Trackback | Comments(0)

農業公園バラ祭り

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農業公園バラ祭りへと出掛けた。
開催は5月23日までだが催事は18日ですべて終了、閑散としていた。
写真撮影には最適だが残念ながら花は終わりに近く離れて撮るほかない。
然し陽光で青葉は輝き涼風はバラの終わりの香りを運び安らぎの時間を過ごした。

毎回、同じ場所を違った雰囲気で狙う今日は柔らかな初夏の風を感じる風景・・・
by tabibitohide | 2014-05-19 21:08 | Trackback | Comments(0)

熊本の養蚕

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5月17日、熊日朝刊「新生面」に熊本の養蚕家が現在5戸、1930年代には7万戸であった。との記述を見た、
それで納得出来た。 叔父は昭和12年、日中戦争勃発に伴い24才で召集され中国戦線に赴くまで養蚕指導員として天草の各町村を巡回していたと聞く。
中国大陸を4年間の長きに亘り転戦し、昭和16年に上海に到着、ようやく現地除隊、しかし太平洋戦争の勃発で現地召集、ラバウル・ニュウギニアと転戦、昭和20年5月2日、ヴゥゲンビル島で戦死、享年32才、33才誕生日の一月前である。
憲法改定では無く憲法解釈だけで交戦可能となり犠牲になるのは大多数の無辜の市民である、第二次大戦下の戦死者250万余の兵士の殆どが無作為に召集された一般市民であることを忘れないでほしい。
戦没した若者の多くは妻も子も無く歴史の一片として忘れ去れるとはあまりにも悲しい。
by tabibitohide | 2014-05-18 21:03 | Trackback | Comments(2)

睡眠時無呼吸症候群

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C・PAPの調子が悪く病院に出掛けた。
別の器具に取り換えた。睡眠時には必ず装着する必需品である。
私は治療開始から3年経過したが当時は検査入院には1週間待ちだったが現在は3ヵ月待ちとのこと。
通院患者もこの病院で500人ほどであるとの事。
睡眠障害によると思われる交通事故のニュースも多く報道される所為もあるに違いない。

暖房、冷房不要の季節、温度差アレルギーによる鼻炎の症状も軽減、温度差の無い季節が続くか、温度差の無い住宅に住みたい。
宝くじに当たろう、家全体の温度差を無くそう、残りが見えた人生を楽しく大切に送ろう。
by tabibitohide | 2014-05-16 22:47 | Trackback | Comments(0)

孫達への伝言

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現在の社会、私達 経験を積んだはずの世代でも社会の風潮に流される現実がある。
自分達の年代は、戦時下に徹底的な軍事教育を受け、敗戦後には今まで受けた教育の全否定から始まる墨で塗りつぶした教科書による再教育を受けた。
教職員も戦前、戦中の教育指導の価値観の残滓を残す人、自由主義を前提とし生徒の自主性第一とする人、多種多様な価値観を持つ人々に教育を受けた。
必然的に生徒たちは自分の考えを自分で取捨選択して自己形成するほかなかった。
故に自分たちは自分で事の善悪、主義主張の可否を選別する目を持っていると確信していた。
然し、残念ながら人間は自分の心の動きに弱い生き物である。
現在の世の動静を自分の理性で判断していると思いがちだが、実際はそうでは無い、自分が心地よく感じる言葉、文章に左右されている事に気付く。
問題は今まで受けた教育では無い。何時も、何時までも多くの人の言葉に耳を傾ける姿勢を持ち続ける事が重要である。
他人の言葉に耳を傾ける姿勢は一朝一夕に作れるものでは無い。
長い人間生活の中で常に培い続ける事、特に義務教育の機関に習慣付ける事が一番大切であるに違い無い。
by tabibitohide | 2014-05-14 22:43 | Trackback | Comments(0)

マンネリ人生

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                      忍冬(ニンドウ)の花
リタイヤして14年、顧みれば毎日、同じルーティンで動いているように思える。
マンネリは偉大なりとの声も聞くが考えれば退屈な日々である。
全てに進歩は求めるべきも無く退化を止めるに汲々としている。
庭の草を引いている時間だけが無心に自問自答しながら鬨を忘れる。
日本人には農業が一番、人間らしい生活ができるに違いない。
by tabibitohide | 2014-05-10 21:10 | Trackback | Comments(0)

人との別れ

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昨日は、現役勤務先の前会長の葬儀、長年 お世話になった方との別れである。
私は親しい方との別れは苦手である。勿論 誰しもそうであろう。
私は38才でこの世を去った母の死に顔を見ていない。
息を引き取る二時間前、母が言った「私の今の顔を覚えていてね、左様なら、さあ、遊びに行って」
妹二人の手を引き生後半年の末妹を抱いて外え出た。
今も私の中に38才の母が生きている。
同じように45才の父も今も45才で父親で生きている。
現実逃避化も知れないが私にはそれで良い。
人間は僅かな現実逃避の時間を持つことで生き続ける生物だ。
by tabibitohide | 2014-05-09 21:40 | Trackback | Comments(0)

ピカソ展を見ました。

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芸術展素質皆無の身にはピカソほど判らな画家はいない。
高校時代は抽象画全盛であった。中学生の延長で美術部に所属したが毎日、線を引き、丸・三角・四角と何をしてるのか無為に時間を潰していた。
発表会では下足番が定位置、作品らしきものは一枚も描かなかった。
ピカソ展では一枚を長時間眺めていると何となく表現する意図はわかった気分になる。
美的感覚皆無の身にはキャンバスに叩きつけられ弾ける色が好きだ。
色を鮮明に識別できるのは人の特権だろう。
by tabibitohide | 2014-05-03 20:56 | Trackback | Comments(2)