<   2011年 06月 ( 11 )   > この月の画像一覧

菅首相は世紀の傑物?

国会は70日の会期延長となったが未だに空転している。

既存の国会議員、政治評論家との考えと全く噛合わない状況にある。

菅首相の常識外れの言動は従来の政治の世界では論外であろう。

然し何事も常識はその物事の歴史の中で醸成されたものに過ぎない。

新しい歴史は常識を超えた時に始まる。

成功か失敗は問題では無い。 

菅首相が原発見直し再生エネルギーに言及した瞬間に湧き上がった与野党、財界からの菅下ろしの合唱・・薄気味悪い思いを抱く。

日本の工業会の代弁者である米倉 弘昌経団連会長の間髪を入れぬ否定的な意見表明・・

原発一辺倒の40年に及ぶ日本のエネルギー政策の根本を予断を去り見詰める事が今 求められる事である事には間違いない。
菅首相が自身の命を賭けて日本百年の計に挑んでいるのかも知れぬと思いたい。
by tabibitohide | 2011-06-30 21:08 | Trackback | Comments(2)
58年前の今日は、寄宿舎の食料が底を尽き寄宿生以外は朝食後コッペパン1個を手に帰途に就いた遠くは大牟田、八代、阿蘇まで歩いて帰る事になった。

さて、6月26日、世継橋際には九電熊本支店が在り、横に東屋が在った。
薄暮の中で世継橋が流れる瞬間を見ようと怖さ知らずである。
対岸の灯りが点る民家が倒れ始め火花を発すると音も無く倒れ白川に流れ去る・・・・
右岸の堤防を越えた濁流は新市街へ流れ込んでいる、

それでも17才の少年3人、大洋デパートに寄ってみようか?と暢気なものである。
その後の2時間、振り返ればよく生きて辿り着いたと思える恐怖の2時間の始まりである。

然し当人達は最後まで恐怖を感じることなく寧ろ楽しんで歩いた思いが残る。

a0016161_20451678.jpg

by tabibitohide | 2011-06-28 20:45 | Trackback | Comments(0)
昭和28年6月26日、熊本を襲い500名超の犠牲者を出した大水害から58年の歳月が過ぎ経験した方々も少なくなって来た。
私の当日の経験を記して見よう。
当日午後5時、熊本駅構内で帰宅のため5時20分発の上りの列車を待っていた。

狭い駅構内は高校の列車通学生で溢れすし詰め状態であった。
突然アナウンスが始まり列車の運行の目途が無く各高校の避難場所の連絡が始まった。

我々熊工生は寄宿舎へ避難を始めるようにとの事、寄宿舎は京塚町、約7KMである。
既に電車もバスも運行停止である。
歩く以外に手段は無い、然し暢気なもので豊肥線で水前寺まで行こうとと決め列車に乗るが動く気配は無い。
30分ほど待つと駅員が来て白河の鉄橋が流れたので動かないとの連絡。
a0016161_18562511.jpg


More
by tabibitohide | 2011-06-26 18:56 | Trackback | Comments(1)

赤蜻蛉

最近は熊本市内でトンボを見かける事も稀になった。
トンボ類は肉食昆虫である、餌はハエやカ、稲の害虫のウンカやヨコバイなどの小さな虫で、1日に11~12mgの餌を食べるということだ。その稲の害虫ウンカは殺虫剤で全滅、まして水田が消滅した。
アキアカネは真夏には涼しい山で過ごし下界が涼しくなる秋に繁殖のために里に下りてくる。
幼虫ヤゴが育つ池や堤は干され生息の場所は狭まっている。

野生動物、昆虫を見ると人間の将来と重なる。
a0016161_20382760.jpg

by tabibitohide | 2011-06-23 20:38 | Trackback | Comments(0)
政治の世界、大企業の社会は崩壊寸前である。
世襲が常態化した政治の世界、偏差値偏重が固定した大企業の結末は誰の目にも明らかであった。

政治、産業の社会は音を立てて崩壊を続けている。
最終的には国民の責任で片付けられるのあろうか?

選択のしようの無い小選挙区制度が導入された時点で今日の状況は予測できた。

参議院不要論が言われる、参議院は良識の府と呼ばれた時代もあった。
現状は衆議院定数を増やした以上に厄介である。

克ってマッカーサーは日本人は12才の子供であると言い、日本人は反発し努力して大人になった・・・つもりだった。

66年の刻を経て子供にも戻った???
a0016161_2134118.jpg

            毎日の雨、新たな画像も無い
by tabibitohide | 2011-06-21 21:35 | Trackback | Comments(0)

老年の品格

最近は月刊誌・週刊誌・専門雑誌は習慣で購入、詠み終えることなく廃棄の繰り返しだった。
久しぶりにページをめくり興味を覚え、三浦朱門の単行本を購入した。
277パージ一気に読み終えた。
当方より10歳年長の85歳の視点での人間社会、それに対応する心構え共感を覚えるのは己の生活経験も相当、永くなった証左であろう。

政治家にももう少し大きな視点を期待したいが、まずは当選して議員の席をつかむ事に全精力を使い果たし抜殻状態になるに違いない。
by tabibitohide | 2011-06-14 21:59 | Trackback | Comments(0)

避難勧告解除・・・

a0016161_201486.jpg

濁流の白川を見ると昭和28年6月26日の白川が思い浮かぶ。

東日本大震災の津波の映像がユーチューブで流れ犠牲者が流される姿があったと言う。
熊本大水害の時、長六橋上流を材木に縋り流れる人を見た消防団員が川岸を走りながら声を掛けるが為す術も無い。
橋を塞ぐ流木に衝突、見えなくなった。
非現実的な場面では全く無感動になる、ニュース映像の一場面にしか感じない。

人間、経験が危険察知能力を高める事は無い。己の経験以上の知恵は危急の際ほど働かない。

未経験の人間ほど想像の幅が広がるものである。

政界も若い経験の浅い政治家が想像力を大きく拡げこの未曾有の災難に当たるべきであろう。
by tabibitohide | 2011-06-12 20:30 | Trackback | Comments(0)

国家は国民の集合体。

国の無策を問う声が大きく響く。
a0016161_21185622.jpg国の無策ではな無い。
政府、政治家の無策である。
国家はを形成しているのは国民である。
単に国家の運営を政権与党に託しているに過ぎない。
託された政権与党が代表・党首に政策実行を託し政府が国家の命運を握る。
政権与党の選択の誤りに気付いた時は政権与党内で最善の選択を図り、万策尽きれば国民の信を問う。
当然の事が無視されている、この一事で政権を担う資格が失われている。


常に政府は非常時には無策である。
昭和21年6月・・私の末妹は9ヶ月の短い生涯を終えた。
終戦直後に生を享けた彼女は戸籍に入る事も無く生を享けた証明を残すことなく、満州の地で没した。

後に当時の記録を紐解くと在満180万の同胞が満州の地に同化在住することを望んだとある。
政策を継続する事で政策の正当性を後世に残そうとしたとしか思えない。
そして誰も責任を取る事無く歳月が流れた。
我々が持つ政治への参加は、己が政治家の狭き門をくぐるか代議士を選ぶ投票行動に参加するか・・・
by tabibitohide | 2011-06-10 21:42 | Trackback | Comments(0)

政治は世界最低?

玉名 花菖蒲園にて
a0016161_21105810.jpg

a0016161_21112356.jpg

花菖蒲園は各地にあるが本当に楽しいのは何処だろう。
余り多くの場所は知らないがやはり人の手の加わり方に自然を思う心が見える場所が良い。

自然を保つ事は放置とは異なる、阿蘇の自然美も営々と人手で守り告がれた美である。

デジカメでは多くの画像を撮影出来ると人は言うが私には無理だ、今日もようやく10枚撮るのが限界だった。
by tabibitohide | 2011-06-09 21:26 | Trackback | Comments(2)

すべて責任転嫁

a0016161_21184524.jpg

責任転嫁する事で逃げおおせるか?

菅総理の政策遂行の遅滞は責任重大である事は論を待たない。
少し考えれば菅政権発足して1年である。

比べて自民党政権はすでに50年、保守合同以来である。
失われた20年と言われるが、その責任追及は消え去り1年の失政の追求のみ姦しい。

評論家と称する輩も水に落ちた犬を今だとばかりに叩く。
政権打倒を叫ぼうが、総理大臣を貶そうが命の危険も無い日本で、平素から厳しく指摘する事も無く安穏無事に過ごして来た彼等の時流迎合の姿勢に惑わされる事無く自分の目で見詰めたい。
by tabibitohide | 2011-06-06 21:42 | Trackback | Comments(0)