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国民の意思とは隔たる事柄も国民の総意の反映と決定された政界の論理で決定・実施されて行く。

選挙制度が悪い、議員が悪いと安全地帯で叫んで見ても何も換わらない。
日本社会では公の場所で政治と宗教の話題は避けよと教えられる。

可笑しな話である。
政治・宗教は人々の根幹の問題である。
政治無関心・無宗教・・結構、それがその人の信念信条でであるならば。

無用の摩擦を避ける為と無言を通す。
摩擦を避けて何か大切な事を失っている事に気付かない。

我々に出来る政治への参加は投票する事だけである。
by tabibitohide | 2011-04-24 20:58 | Trackback | Comments(1)

国産タバコが消えた。

店頭から国産タバコが消えた。
入荷予定は不明との事。

タバコは無くても生死に関係ない、どうでも良いか・・・
禁煙していないのが悪いと誰かが言っている。

残り5本・・強制的に禁煙させられるか・・・
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by tabibitohide | 2011-04-15 17:24 | Trackback | Comments(0)
民主党への政権交代が実現した時、この変革に期待したのは目新しい政策では無かった。
成熟に近付いた資本主義国家は社会主義的な政策も包含した政治が継続中であった。
自民、民主、同根である党間の政権交代に大きな政策の違いを求めてはいなかったのである。

唯一つ、求めたのは長期政権下での退廃した癒着構造の変革を期待したに過ぎない。
政官財の癒着は目に余り、官→政・官→財と庶民無視の現状打破を期待したに。

民主党政権は財政難の現状で実現不可能な政策を唱えその後始末だけに終始して最後を迎えようとしている。
庶民が望んだのは、公僕は公僕たれ、政治家は真剣に国を思え、素朴な国の道筋を示せと政権を託したのである。
国民全てが机に座して働くことを望む風潮を作る政治とはオサラバしたいものである。
40年前、アメリカではバスの運転手も車掌もコックも皆、大卒だとホワイトカラーを全国民が望んだ結果だと笑った現実が今、日本に訪れている。
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by tabibitohide | 2011-04-13 22:25 | Trackback | Comments(1)

春の雨

今朝、庭に出ると昨夜来の少しの雨で様子が一変している。
昨日まで枯木のように見えた樹に若芽が出ている、シロヤマブキの花も一斉に咲き出した。

昨日までの雑草を抜く努力を嘲笑うように思い切り草が伸び始めている。

恵みの雨を見ながら放射能の心配をする世界がある不幸・・・

情報化社会の発展で人間 身近な事が見えなくなりつつある。

人間の能力なんて知れたもの、遠くを見れば近くが見えない、遠近両用の眼鏡を使っても脳の処理能力を超えていればどうにもならない。
コンピューターのように演算能力、記憶媒体を増やす事も出来ない。

距離を超えて交流可能になった分だけ身近な人々との交流が減り無関心になったに違いない。

手に入れた分の代償を捨てて生き続ける人間、本当に幸せなのだろうか。
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               桜が散り・・・・・若芽の季節
by tabibitohide | 2011-04-08 09:03 | Trackback | Comments(0)

草取りしながら考えた。

朝、庭の草を取りながら愚者は考える。
人類は何か地球に貢献したであろうか。

地球上の生物は動物、植物に限らず、長い年月を掛けて、大きな資源を太陽からのエネルギーを己の身体に取り入れる事で残して来た。今も蓄え続けている。
人類は他の生物が営々と残し続けた貯蓄を僅か100年余で食い尽くし地球の構成物質までエネルギーへの変換を計り原子力として利用する禁断の道を選んでしまった。

自分の手で己の身体を食い尽くす最後の手段に手を染めたのではあるまいか。

草を取りながら思う人間は雑草と呼び自分に不要な草を取り除き焼却する。
この草も太陽の恵みである。多くの小動物、昆虫には大切な食物に違いない。

せめて樹木の根元に戻し樹木の生長の糧になるようにと考える。
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       利休梅 利休忌(旧暦2月28日)頃に咲く
by tabibitohide | 2011-04-05 15:01 | Trackback | Comments(1)

県境を越え 遠距離介護

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今朝(4月3日)熊日朝刊を見ていると見慣れた顔が載っている。
間違いなく叔母と従妹である。
父の一番、下の妹である叔母は私と11才しか違わない。

叔母も私、私と従兄妹達も兄弟姉妹のように育った。

その従妹の遠距離での実母、義母の介護を続けている話である。
身内の事ながら頭の下がる思いである。

脳梗塞で倒れ10年間の闘病の後、20年前に亡くなった父親も毎日看病に病院まで通う母親を休息させるため毎週末、鳥栖から熊本市内まで看病に通っていた。
人生の30年間を子育て仕事、親の看護を続けたことに敬服する外無い。

子供なら親の老後を観たいのは誰しも同じに違いないが続ける事が出来るのは周囲の理解もさることながら健康であったことが一番であるに違いない。
by tabibitohide | 2011-04-03 21:47 | Trackback | Comments(0)