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戦後を思う

元旦の熊日紙面に寺本勲さんの記事を読んだ。
父親が残したものを見るのは懐かしく悲しいことだ。
私は昭和47年7月6日の天草大水害で祖父が残した教師時代の教え子の記録、父の満州での戦後の悲惨な現実を記録した日記、叔父が出征前の日記帳、昔のアルバム・・全てを失くした。
当時は自分のことに思いいたらず天草全土を得意先のお見舞いに走り廻って過ごした。
今、思え自分の記憶の中にのみ存在していることが良かったのではと慰めている。
父母の写真も一枚だけだが私が居なくなればその方が良いのかも知れない。
戦中戦後を苦しみながら日本を支えた時代の人々に対して国は冷酷だそして人々は声を出さない。
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Commented by budou16 at 2007-01-10 06:10
お誕生日、おめでとうございます。
1月10日。。110番ですね♥(^。^)♥

・・・母は広島で被爆して、一瞬に姉を亡くし原爆の恐ろしさを体験していますが、アメリカも天皇陛下も恨んでいません。
敗戦国の日本に紳士的に対応してもらったと言っています。
満州など想像を絶するご苦労を、拝見していますが、戦争の悲惨さを風化させたらいけませんね・・・
Commented by nanaalan at 2007-01-10 16:34
旅人ヒデさん お誕生日おめでとうございます\(^o^)/

私の父は2度外地へ出征しました。
2度目はフィリピンのルソン島で逃げ回った挙句、捕虜になりました
そして、帰国後は、片方の耳は聴こえないし、マラリアを発症。
私はその後暫くして生を受けましたので
当時のことは聞いただけですが、
父は今で言う PTSDではなかったか!!と思われる言動が死ぬまでずーっと続きました。
その影響で私は軍備や戦争は受け入れられません。
Commented by tabibitohide at 2007-01-10 20:49 x
葡萄さんの母上も大変なご苦労されましたね。
その上での他を恨まぬ心に感服します。
葡萄さんもお母様の影響を多大に受けていられるのを実感します。
Commented by tabibitohide at 2007-01-10 20:57 x
アランさん。
祝福メール感謝します。
人生で心に受けた傷は癒える事は有りませんね。
私も子供の頃にソ連兵に銃撃され逃げ惑ったことがいまだに残っています。
逃げるか隠れるか戦うか?今でも迷います。夢にも出て来ます。
然し、家族を守るためには最後は銃を取るに違いないでしょう。
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by tabibitohide | 2007-01-02 22:58 | Trackback | Comments(4)