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祖父母・父母の生きた道

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樋合小学校

昭和6年、熊本市保田窪の地で60才〈満59才〉で没した祖父、私の誕生する前であるので当然ながら会ったことはありません。

祖父は、明治5年(1872)天草郡合津村今村で10人姉弟の末子として生まれています。

日本の最期の内戦「西南の役」が終わり、富国強兵を唱える国の方針に基づき明治12(1882)に徴兵令が施行され、国民皆兵の時代、跡取りは徴兵免除と漏れ伝わる情報によって末子である祖父は子供のいない遠縁の家に養子に出されました。

持参金代わりに五反歩の田畑を持って行ったと聞き及んでいます。

当時の義務教育は下等小学校4年、上等小学校4年と定められてはいたが現実は3~4年の尋常小学校を以て義務教育終了とみなされていました。

祖父は義務教育終了後、14才で向学の志捨てがたく、養子先を出奔して単身、高瀬(現玉名市)渡り菊池川を遡り、来民町の私塾へと勉学の旅に出ました。

日本の教育環境の整備が整い明治33年(1900年)の義務教育無償化に伴い教師の充足を図る各町村では適する人材を求めました。

祖父は私塾で後進の指導に当たっていましたが故郷の有志の要請により故郷の児童教育に当たるべく帰郷しました。・・続く


故郷の子供達と生きる覚悟を決めて帰郷した祖父の生涯は充足した人生に違いありません。


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by tabibitohide | 2019-07-26 21:16 | Trackback | Comments(0)