「高粱めし」の思い出。

夏休みの前、今頃になると不思議に「高粱めし」を思い出します。
「高粱めし」と言って判る人は現在の日本には10万人もいないでしょう。
生まれ育った旅順の地では戦争中も空襲の経験も無く、食料も不自由無い生活が続いていました。
昭和19年の7月頃からクラスの皆の弁当のご飯が赤く美味しそうに変わり始めました。
白米の弁当が恥ずかしく母に赤飯の弁当を作って欲しいと頼みましたが「あれは高粱のご飯で美味しくないし、お母さんは胃腸が弱くて食べられないから」と父の職場の食堂に連れて行き試食させてくれました。
唯々、不味かったことだけ覚えています。

その一年後に敗戦の憂き目を見、不味い「高粱めし」すら食べる事も叶わぬ一年半の浪々の日を過ごすとは思いもしない幸せな日々でした。
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阿蘇の高原にはヒゴタイの花が開き始めたでしょうね、敗戦の日も変わらず咲いていたに違いありません。

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by tabibitohide | 2018-07-18 22:31 | Trackback | Comments(0)

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