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熊襲の思い出

終戦まで通った旅順第一国民学校、今は存在しません。

当時の歴史の授業は神代の時代から始まります。
時代は下り日本武尊命の熊襲征伐のくだりに来た時からクラスの苛めが始まりました。

「球磨曽於」即ち熊本、鹿児島に亘る地域、加えて悪者は「カワカミタケル」級友の親は全国各地の出身者です。
私の先祖は球磨の出身です。嫌いな歴史の時間が続きました。

  日本書紀には間違いなく記述されているので反論の余地はありません。

十二月、到於熊襲国。因以、伺其消息及地形之嶮易。時、熊襲有魁帥者、名取石鹿文、亦曰川上梟帥、悉集親族而欲宴。於是日本武尊、解髮作童女姿、以密伺川上梟帥之宴時、仍佩劒裀裏、入於川上梟帥之宴室、居女人之中。川上梟帥、感其童女之容姿、則携手同席、舉坏令飲而戲弄。于時也更深、人闌、川上梟帥且被酒。於是日本武尊、抽裀中之劒、刺川上梟帥之胸。
ようやく時代は下り源平の時代、父の祖先は賊軍でも母の祖先は?と尋ねると「平家の子孫、実家には当時の短刀が伝わっている」との返事。
父方も母方も賊軍の一族かと悔しく思ったのも昔の思い出です。

顧みれば賊軍では無く反逆の精神を持ち続ける一族に違い無いと心を慰めています。



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by tabibitohide | 2018-04-20 22:18 | Trackback | Comments(0)