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再び「熊本大水害」を思う


福岡・大分豪雨災害の報を見ながら熊本大水害を思い出します。

昭和28年6月26日、午後5時25分発上り列車を待って熊本駅にいました。
駅の待合室は帰途を急ぐ高校生で立錐の余地も無い混雑でした。
駅前は10m先も見えぬ豪雨が続いています。列車の運行中止の放送が続き各高校の避難場所の通知が始まりました。
私達の高校は京塚の寄宿舎、電車は動いているが電車賃が無い、歩く以外ありません、
急いで1時間30分は優にかかります。
豊肥線で行こうと結論、乗車して待つが動く気配無く鉄橋が流失したので運行停止の連絡放送です。
汽車が動くまで列車内で待つと言う、長谷君と別れ、伊藤光浩・祇園健、両君と3人寄宿舎へ急ぎました。
既に電車は止まり最短距離の白川橋を渡り産業道路を歩くと決めて橋際に着くと通行止めで流失寸前、やむを得ず堤防を歩き始めました。ようやく泰平橋に辿り着くと橋は半分しかありません。
歩く歩く濁流を流れる流木と家屋を見ても全く実感がありません。
長六橋は濁流が橋上を超え到底、渡れません。人影は無く、ようやく堤防を川を見ながら歩く数人の消防団員と出会いました。
彼らが見つめる先には流木に縋り手を振る人の姿・・次々と長六橋を塞ぐ流木の山に激突して姿が消えます、偶然、飛び移る人も見えますが助ける術もありません。
4時間の避難行はまだまだ続きます・・途中で出会った人は僅か、当日の白川の氾濫を長い距離・時間、見続けた人間は僅かに違いありません。 あと続くかも?


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by tabibitohide | 2017-07-14 22:31 | Trackback | Comments(0)