人気ブログランキング |

熊本の養蚕

a0016161_20305633.jpg

5月17日、熊日朝刊「新生面」に熊本の養蚕家が現在5戸、1930年代には7万戸であった。との記述を見た、
それで納得出来た。 叔父は昭和12年、日中戦争勃発に伴い24才で召集され中国戦線に赴くまで養蚕指導員として天草の各町村を巡回していたと聞く。
中国大陸を4年間の長きに亘り転戦し、昭和16年に上海に到着、ようやく現地除隊、しかし太平洋戦争の勃発で現地召集、ラバウル・ニュウギニアと転戦、昭和20年5月2日、ヴゥゲンビル島で戦死、享年32才、33才誕生日の一月前である。
憲法改定では無く憲法解釈だけで交戦可能となり犠牲になるのは大多数の無辜の市民である、第二次大戦下の戦死者250万余の兵士の殆どが無作為に召集された一般市民であることを忘れないでほしい。
戦没した若者の多くは妻も子も無く歴史の一片として忘れ去れるとはあまりにも悲しい。
トラックバックURL : https://tabibitohi.exblog.jp/tb/19809137
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by tomiete3 at 2014-05-19 05:44
 おはようございます
悲しみはもう御免ですね。・・
 二度と銃をとらないで済む社会であってほしい・・・
Commented by tabibitohide at 2014-05-19 07:17
国会と言う国の最高立法機関で憲法無視の立法を図る事態は国の末期症状です。
昭和10年代の状況に酷似しつつあるようです。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by tabibitohide | 2014-05-18 21:03 | Trackback | Comments(2)