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北朝鮮、墓参団

終戦後、北満から挑戦半島へ逃れながら故郷日本の土地をを踏む事が叶わず彼の地で亡くなった方々の埋葬地へ戦後67年の時を経て初めて肉親の訪問が叶えられた悲しい報道を見た。

私達家族も満州の地で母、妹、叔母の三人を亡くしたが、生きて故郷の地を踏ませる事は叶わないまでも遺骨だけは故郷の地に戻す事だけは出来た事を善しとすると思い贖罪の念を抱きながら生きている。
母が、死んだ日、父が荼毘に付すための薪を必死に集め回っていた姿を思い出す。
10才の私には頼り甲斐のある大人に見えた父も当時41才、残された子供たちを日本に連れ帰る事に必死だったであろうと今、その思いが偲ばれる。

今 現在、その中国との間で、日中戦争、更に遡り日清戦争の時代までが持ち出され領土問題が喧伝されている。
日本人の感覚では昨日の敵は今日の友、まして60年の年月が過去を水に流し濁り無き清流に還ると考えているがその思いは綺麗事に過ぎないようだ。

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 植物園には十月桜が満開・・
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Commented at 2012-10-06 16:20 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by tabibitohide at 2012-10-06 21:26
戦後、昭和20年10月から22年2月まで大連で過ごしました。
大連生活は過酷な思いでしか有りません。
大連旅行に行こうと姉を誘うと思い出したくない事ばかりで嫌だ旅順だけは行きたいと言っています。
父の元部下の中国人(満州族)が遠路、訪ねて来て日本人がいた頃が一番良かったと涙していた事を思い出します。
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by tabibitohide | 2012-10-04 22:39 | Trackback | Comments(2)