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大相撲、八百長問題

今日は国内問題では大相撲八百長問題で揺れている。
私は双葉山、照国の時代からの大相撲フアンを自負している。

私の目から見て八百長問題が存在しない事自体が不思議である。
元来、大相撲とは形式化された伝統文化である。
神事としての形式美を保ち続けるには暗黙の了解に基づいた形態が必要になる。

現状の150kg(37貫余)超の巨体同士がガチンコ勝負となれば一場所15日続ける事は出来ないと思われる。

国技と称して真剣勝負を謳い、体質は旧態然とした存在の相撲協会に改善は望めない。

十両力士の月給103万6千円。幕下0円の世界が現在の社会に存在できる筈も無い。
大昔貧しい時代の体の大きい青少年が飯が腹一杯食えればという時代と大きく変わっている事に気付くべきである。

余談ながら、私の心に残る勝負は昭和29年?三根山vs松登。

松登の頭を下げての突進に絶対逃げない三根山が一瞬、ほんの少し身をかわし松登は土俵の端から端まで一直線・・・何度もニュース画像を見に行った。
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Commented by tomiete2 at 2011-02-04 07:55
やはり賭博から始まっているのでしょうね。
 それにしても体質が変わりませんね。

  いったん国技を離れたが薬になるようですね。
Commented by tabibitohide at 2011-02-04 20:41
石原都知事のように大相撲は八百長が当然とは言いませんが、ある程度、暗黙の了解が存在しなければ成立しないシステムで成り立っています。
自分の体調に関係なく決められた日程で対戦相手も自分が関与する余地無く進行するのはスポーツでは無く行事に過ぎません。
スポーツは自分で体調管理を行い、出場は自分の意思で決定します。
相撲は休めば負け、自動的に地位が下落し報酬も零になる。
近代ルールを求めながら前近代的なシステムで運営される団体が公益法人で存在し得る筈も有りません。
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by tabibitohide | 2011-02-03 20:40 | Trackback | Comments(2)