「成人の日」

「成人の日」に貴方は何をしていましたか?
そう問われて楽しい思い出が語ることの出来る人は幸せな時代を過ごせたのでしょう。
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平成最後の「成人式」は1月14日、月曜日に開催されました。
10年ほど前までは近隣の大学生が大勢、晴れ着姿で出かける様子が見られました。
今年は近所の娘さん一人の晴着姿を見掛けただけで、大学生は皆無でした。

私の成人式は1956年、浪人生活中、叔父の肥料工場の肥料を開拓地へ送るために近くの駅で貨車に積込作業に汗を流していました。
調べて見ると当日は日曜日、その頃は日曜も休日は稀だったのです。本籍地の天草の片田舎では中学卒業した15才で「青年団」へ自動的に入団式が行われ、その日から一人前、日雇いの日当も地域の苦役も一人前と認定されていました。
戦前は高等小学校卒業した14才で入団、全員、夕食後には地域の青年宿で妻帯するまで寝泊まりする習慣があったそうです。
18才で選挙権、成人と人としての権利取得を速める時代を造りながら何かを忘れ去り捨て去る社会を造り出しているのではないのでしょうか?
何が本当に必要かを大人達が真剣に考える時が今なのでしょう。

そう言えば成人式の祝いに村役場から送られた「50円と記入された貯金通帳・印章は」何処に消えたのだろう???

# by tabibitohide | 2019-01-14 21:34 | Trackback | Comments(0)
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兼高かおるさんが90才で亡くなった報道で知りました。彼女の存在を知ったのは高校生の頃、級友の上田くんが「兼高かおるは美人だな!」と言いました。
「誰や??」当時の私は世事に疎く社会の出来事に無頓着な少年ですでしたた。
彼が見せてくれたのは「文芸春秋」に掲載された兼高かおるのインタビュー記事と写真でした。
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昭和27~8年当時の高校生に雑誌を購入するゆとり等有る筈も無く図書館で本を読むのが知識の基でした。

彼には様々な常識を学びました。山下清画伯も彼から聞きました。

八幡製鉄所への見学旅行の帰途、折尾駅で「おい山下清がおるぞ!」と言うので見えたのは薄汚い浴衣姿のリュックを背負った中年男です「山下清て誰や?」「自分な知らんとや?」その生い立ち、現在行方不明等々教えてくれました。
川上哲治・美空ひばり・三橋美智也、程度しか知らない世間に無知な人間が最初に知った魅力的な女性「兼高かおる」が天国へ時代が過ぎ去って行きます。


# by tabibitohide | 2019-01-10 15:36 | Trackback | Comments(1)

72年昔の今日‼

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 日米貿易摩擦の影響で日・中両国の養豚業者が思わぬ苦境に陥っている聞きます。

広大な国土を持つ中国では食料の完全自給自足とおもっていましたが現状は世界有数の

食糧輸入国と知りました。
中国政府の農産物報復関税で大豆の輸入が止まり、大豆油の生産減少を招き豚の飼料の大豆粕が減少養豚農家に壊滅的な影響を及ぼしています。

世界の農産物の輸入・輸出の問題はさて置き、私と大豆粕のお話を続けます。写真は大

豆油の絞り粕です。

今を去る事72年前、昭和22年の一月の今頃、私の家族は餓死寸前な状況下にありました。

終戦から一年半が過ぎようとする頃には大連の街に住む日本人家庭は皆、同様な環境下にありました。
成人男性は「日僑証明証」の名札を頸に下げて職を探しても仕事が有る筈も無く持ち物を売りつくし最後の食糧が大豆粕、これほど不味い食べ物を知りません。
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それよりましなのが上の写真、落花生油粕でした、これはほどほどに美味い食料ですが最期には手に入る事はありませんでした。
その一月後の昭和22年2月初旬に日本の土を踏みましたが一月は床に就いたまま過ごしました。

春先まで帰国が叶わなければ今、この文を書くことも無かったに違いありません。


# by tabibitohide | 2019-01-05 16:01 | Trackback | Comments(0)
2019年、「平成31年」と平成最後の年が始まりました。

年頭から厳しい経済戦争の波が襲っt来るようです。

昭和天皇が崩御し平成が始まった時、私はアメリカ西海岸に滞在していました。

その前にも欧州・アジア各国を旅行・会議等で滞在の経験は有ったものの、アメリカ滞在で国別、個人別の経済格差を実感しました。
年末年始と言う時期に日中・夜間を問わずに多くの人が働いているのです、アメリカ人は日本人以上に働いていると思いました。
朝、明るくなりよく見ると働いているのは黒人、有色人種で移民・出稼ぎと思える人々でした。
低賃金・過酷な労働をそれらの人々に依存すことによって得られた国の繁栄に過ぎないのです。

日本がその道を追い、中国が猛追しているのです。
現在、米中貿易戦争の余波で大豆油の絞り粕が不足し日・中共に畜産農家の飼料不足に襲われ始めています。狭い国土の日本なら、ともかく広大な国土を持つ中国までとは想像外でした。

中国の事は知りませんが日本国内の農地は不動産開発の波の揉まれ回復不能な状況です。

国の未来に長期的な展望を持つ政治家は絶滅危惧種、国民全員が刹那的な行動を省みて国の行く末に思いを馳せて欲しいものです。
次回に私のように狭い世界での経験しか無い人間の少ない経験を記して見ます。

# by tabibitohide | 2019-01-02 21:46 | Trackback | Comments(0)

謹賀新年

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謹賀新年
旧年中は皆様方に、ご厚誼頂き有難うございました
新たな年よろしくご指導賜りますように宜しくお願い申し上げます
           平成31年元旦
            旅人ヒデ in kumamoto

# by tabibitohide | 2019-01-01 00:01 | Trackback | Comments(0)

平成最後の天皇誕生日

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今日、平成三十年十二月二十三日、天皇誕生日、平成の最期の天皇誕生日です。
明仁天皇、八十五歳、終戦時には十一歳、小学校六年生であった。

私は当時、九歳、小学四年生であった。
我々庶民とは異なり天皇となる事の運命に生まれた神の子の受け止め方に思い至る事は出来ない。

少なくとも八十代以上の帝国憲法の時代に生まれ育ち新たな新憲法下で成長した世代は新憲法を遵守する命題を担い生き続けて来た。

ましてや帝国憲法下で生まれ育ち、新憲法下で人間天皇、象徴天皇として成長を続けた今上天皇ほど新憲法を究極まで学びそれに則って生きて来た人は存在しないに違いない。

人間として存在しながら自分の思いを吐露する事無く八十五年の生き続ける今上陛下の言葉の奥底を斟酌する外無い事に心痛む思いを又己の心と会話する外ないと忸怩たる思いである。

上皇陛下として健やかに自由な生活を堪能して頂きたいと願うばかりである。


# by tabibitohide | 2018-12-23 21:01 | Trackback | Comments(0)

太平洋戦争開戦の日

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     今年最後の紅葉と薔薇・・季節を忘れそうな今日の画像。
急に厳しい寒さが訪れました。
昭和16年12月8日朝、「大本営発表・・」の日米開戦の報道を聞いてから77年、このラジオの報道を直接、耳にした記憶を持つのは80代以上の方々です。
その日から3年半の過酷の戦時下の生活を経験し多くの犠牲者の上に今の平和の時代を享受しています。


冬の寒い夕べになると思い出します。

大連の街の夕暮れが迫る頃、暗い空から音も無く降りて来る粉雪。

昭和21年も師走も近付く霜月のころ・・・食料は尽き果て暖を取る術も無い毎日。

昭和20年~昭和22年にかけての僅か2年余りの短い月日に4度の政治体制の経験をしたことが幼かった身にも大きな影響を受けています。

私の小学校入学は昭和174月、太平洋戦争たけなはの最中です。
その旅順第一国民学校が軍人養成所の様相を呈していました。

体育の時間は手榴弾投げ、棒上り、銃剣術、登校時には巻脚絆姿に兵隊帽、チビ兵隊である。

校長は大隊長、担任教師は小隊長、級長は副長、ミニ軍隊ででした。

  1. 軍国主義の生活です。

  2. 昭和20815日夏休み中に突然の敗戦、ソ連軍の侵攻にによる占領軍統治下での生活。

  3. 同年10月、いく当ても無く旅順からの追放で大連へ大連は八蕗軍統治下の中国共産党支配下での困窮生活(八蕗軍は統制が取れていました。

  4. 身に主化された日本での生活。昭和222月、日本国憲法発布後の日本への帰国。

    今津村立今津小学校5年へ編入、「自由バイ・・自由バイ」と何事にも教師に逆らう同級生に馴染めぬ生活・・

混乱した気持ちのままに中学生になり父を亡くし、姉・妹との離れ離れの貧困時代。

5 未来に希望を抱いた日本国発展の時代。

そして現在、多くの犠牲者を礎に得た自由な民主主義社会が遥か昔に経験した閉塞感を予感させる社会の到来する気配を覚えます。どの時代が楽しかったかと考えると昭和40年代に行きつきます。
貧しくとも未来に明るさの予感と希望の光が見えていました。



# by tabibitohide | 2018-12-08 16:53 | Trackback | Comments(2)
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本来は寒気厳しい冬の筈が未だに初秋のである、ただ今週末には厳しい寒気が訪れると言う。

慢性的な人手不足に陥っている「建設」「農業」「宿泊」「介護」「造船」の5分野を対象に、新設する「特定技能評価試験」(仮称)に合格すれば就労資格を得られるようにするこの法律の成立は誰の為であろうか?。

今、現在 シャープの事業縮小により3000人の外国人労働者が雇い止めされるとの報道がある。
労働現場である企業は下請け派遣会社の問題であると無関係を主張する。

日本人労働者の絶対数の減少は間違いない事実であろう。

然し日本人が敬遠するのは仕事の厳しさだけでは無く、これらの職種が派遣会社への登録であり将来性のみならず明日の身分保障も安定性も皆無と思われる事にも大きな要因がある。

収入の多寡も労働者には大きな要因ではあるが安心で安全に働き続ける職場が欲しいのである。今、現在もコンビニ等の小売業では多数の外国人が占めている、然し日本語が話せるようになると何時の間にか消えて新人へと変わっている。
労働者を業績に合わせた調整弁と捉えている現状では外国人労働者は人材派遣業者が日本人労働者の代替とするだけではと案じている。


# by tabibitohide | 2018-12-03 21:58 | Trackback | Comments(2)