狂言の会

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今日は、藤崎宮大祭、熊本の庶民には「随兵」の名で知られる祭りの日です。
9月15日が例大祭、「敬老の日」が制定されるまでは、私たちの高校は交通の混乱を避けるために始業時間は10時でした。
敬老の日と同日の間は休日で問題なく過ごしていましたが、変な休日へ変更後は随兵行列の日は毎年、変わり高齢者には興味が薄れ気味です。
今日は、市民会館で開催された「万作・萬斎の会」の狂言鑑賞と洒落込みました。

熊本県立劇場は音響効果は万全で全席・後席とも変わらず声が届きますが市民会館の音響効果は万全とは言い難いと感じました。
気になったのはS席の前の良い席ほど空席が目立ち出演者に失礼だと感じました。

協賛企業が配布した招待用ではとの疑いを覚え、阿波踊りの観覧席の件を思い浮かべました。
公演は楽しくアッと言う間の2時間でした。

随兵行列は帰りのバスの曇り窓から眺めて終わりの祭りです。
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                 今朝の朝顔

# by tabibitohide | 2018-09-16 21:21 | Trackback | Comments(0)
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私の父は1903年(明治36)生まれです。

昭和天皇と同時代をすごしたことになります。

同年代はの人々は戦争が日常の生活の中で過ごしています。

19045年の日露戦争、191418年第一次世界大戦、1931年満州事変、1932年には上海事変、1937年~1945年まで続く日中戦争、第二次大戦と戦争が身近にある生活でした。

日露戦争では日本兵11万人の戦死者を出しました。

第一次世界大戦での犠牲者は世界中で、民間人も含め4000万人とも言われます。

第二次世界大戦に至っては6000万~8000万人とも言われる軍・民の犠牲者を出しています。

私達の父親世代は、戦争を日常として生き残った方々なのです。

日本では1945年の終戦後は戦争に巻き込まれる事も無く平和を謳歌して来ました。

終戦後に生まれた人々、日本の政財界を担う人達には一人として戦争の辛苦を味わった人は存在しないのです。

戦後の73年間を平穏無事に甘受できたのは辛苦を嘗めた方々の努力の結晶です。

地球上を見渡せば多くの戦争・紛争で命を落とし、辛苦の日々を暮らす人々は絶えません。

今を生きる人々に実経験を求めるとは無理な話です。

現実的には歴史を学ぶことでしょう、学校の授業では時間切れで学ぶことの少ない近代史を先入観を捨てて読むことで多くの事が見えて来る筈です。

客観的に歴史を学ぶには正確な記録が必要です。

日本では現代に於いても不都合な真実の改竄、破棄が行われている現実があります。

正しいと信じる行為は万一後世で指弾されようが堂々と記録を残す事を貫いてほしいものです。



# by tabibitohide | 2018-09-15 21:23 | Trackback | Comments(0)

人間の身勝手

ロバ(驢馬)という動物がいます。

雄のロバと雌のウマの交雑種の家畜であす。

一代限りで繁殖しない動物ですからラバの子孫は存在しません。

ラバは紀元前3000年から、2100年と1500年との間頃には、エジプトで知られていたと考えられています。

私が生まれ育った国では物資の輸送手段は全てロバの背中かロバが曳く荷車でした。ロバが一代限りの交雑種であると知るのは長じた後の事です。

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今、私がこの文を備忘メモとして記すのは将来の人間の営みに重大な影響を及ぼすやも知れぬ事柄が周聞に触れる事無く進行中であると感じるからに過ぎません。

201841日、種子法が廃止されました、種子法?農家の人々以外には何の事か無関心に違いありません。

私自身も詳細は今から調べます、只 直感的に農作物の種子の開発販売が民間に開放されるのでしょう。

増え続ける人間の食糧事情改善は喫緊の問題に違いありません。

増産可能な種子の開発を手掛ける現場の技術者の真摯で真剣な努力は敬服に価します。

然し、現場の人々と企業利益を追求する企業人との間に存在する人達との意識の乖離が存在することは間違いありません。

既に種子は完全に農家の手を離れて農業従事者は作物製造従業員化しています。

種子製造企業が自社の種子に耐性を持たせた除草剤の製造を始めるでしょう。

企業の利益?否、株主の為、富の全てを己の所有としたい欲望のために。
次には人間を支配者の意思で動かす改造へと・・・

一代限りの動植物を作り出し全人類の生殺与奪の権を握る為・・・



# by tabibitohide | 2018-09-10 19:19 | Trackback | Comments(0)

災害に備える。

北海道を襲った巨大地震には驚き、まさに日本列島はどの場所でも起こり得る災害であると改めて認識しました。
被災された方々には、お見舞いの気持ちを心に念ずるのみです。
狭い国土に合理化、経済成長の言葉で一局集中の極みにある大都市圏で起きればと考えれば背筋が凍ります。
政・官・財で言う想定外は言葉遊びに過ぎないことがわかります。

札幌市街地で起きた住宅地の流動化現象も開発業者による杜撰な土地開発を原因とするのでしょう。
埋め立てた河川に火山灰で形成した土地とは驚きです。

個人が形成した土地であれば絶対に建築確認は出ず建築不可能でしょう。
立場の弱い庶民には強力な規制、大企業には甘い規制と規制緩和、それを甘受する洗脳された庶民の構図は変わらないでしょう。
庶民は命を守るためのささやかな努力を続けます。
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停電に備えて懐中電灯、手回し充電のランタン、乾電池も1ケース、備えて暮らしています。
他には車の中にも備え、スマホの充電もOKです。
後はコンクリートで避難壕を準備しましょうか?非常食も忘れずに・・・

# by tabibitohide | 2018-09-07 16:19 | Trackback | Comments(2)

体操協会のパワハラ問題

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相も変わらず、スポーツ団体のパワハラ問題、今度は体操協会です。

世の中、スポーツ界に限らず組織内には同様な問題は厳然たる事実として存在しています。

然し、スポーツ団体の組織運営は門外漢には全く分かりません。

多くの選手、指導者が在籍する組織の意思決定が副会長・女子強化委員長の二人の夫婦で行われる事です。

一般社会で直属する組織の上部団体の幹部が一人の末端会員に注意・指導を直接行う行為が信じられません。
このような行為が容認されていたとすれば組織全体の体質の問題です。

パワハラの有無を論ずる以前に自分が提出した録音の口調を聞くだけで詰問している状況はパワハラ以外の何物でもありません。
問題は組織運営の幹部の多数に組織に対する情熱の不足に違いありません、面倒な雑事は他人任せの感覚が存在しているのでしょう。


# by tabibitohide | 2018-09-01 21:36 | Trackback | Comments(2)

幼児の記憶

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毎日、異常な暑さが続きます。
20年ほど前までは「夏は暑くて当然、心頭滅却すれば火もなお涼し」等、嘯いていましたが今は耐え難い暑さです。

熟睡しているつもりでもそうでは無いようでよく夢を見ます。遠い昔の思い出、幼い日々の夢が多く見るようです。

現在熊日に連載中の小説「ははんのれんあい」窪美澄作忠の少年、「智晴」君の幼児体験に自分の記憶が重なります。
子供の頃、友達と遊ぶこと皆無で本が友と言える存在でした。

本を読み始めたのは多分、4歳の頃でしょう、姉が小学校へ入学し、持ち帰った教科書を先に読み始め、カタカナ・ひらがな、易しい漢字を覚え立川文庫で真田三勇士を読み始めたのは覚えています。

昔の本にはルビが振ってあり自然と漢字を覚え、形から意味が分かるようになるものです。

何度も幼稚園に連れていかれても子供と遊ぶのは嫌だと絶対拒否しました。

友達が出来、他人と話し始めたのは小学4年生の頃からです。

今、思えば私の事を理解していたのは母親だけだったのでしょう。

残念ながら10才で死別した母には思いを聞く機会もありませんでした。

現在、幼時に帰りつつある自分を感じます。



# by tabibitohide | 2018-08-25 21:55 | Trackback | Comments(2)

超速警報??

下記の記述は8月16日16時48分の熊本市災害情報メールです。
熊本市
[発表]洪水警報 
[継続]大雨、雷注意報 

[特記事項]
 浸水注意
[洪水]
 警戒期間:16日夜のはじめ頃まで
 注意期間:16日夜のはじめ頃まで
[浸水]
 注意期間:16日夜のはじめ頃まで
 1時間最大雨量:40ミリ
[雷]
 注意期間:16日夜のはじめ頃まで
[付加事項]
 氾濫
 突風
空が曇って来たので夕立が来れば良いなと思っていると洪水警報??最近は割に頻繁に流れます。
熊本市内の河川の水量は最低水位です。
雨がポツリと降れば洪水警報ならば「狼少年」と同様に誰も信じないでしょう。
機械的に自動配信でしょうが担当者は見ているのかと疑問を感じます。


# by tabibitohide | 2018-08-16 18:21 | Trackback | Comments(0)

終戦記念日を迎えて

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終戦から73年、日本武道館で天皇・皇后両陛下、臨席のもと全国戦没者追悼式が行われました。
平成も最後の年を迎え戦争の惨禍を直接、味わった人も少なくなりました。

この日が近付く毎に私達の親世代に楽しく団欒を楽しむ日が有ったのだろうか?と考えます。
私達の親の時代は、日清・日露戦争から続く戦争と軍拡競争、国民皆兵の世情を当然として受け止めお国の為と滅私奉公して来たに違いありません。

戦い蟻のように駆り出された人間同士の戦争が相手国民を無差別に殺戮する戦へと変貌した第二次大戦の時代を生き、そして死んで行った多くの人々に追悼と言う言葉は軽い響きしか感じません。

この戦の残酷さ悲惨さも73年の年月で忘れ去られ希薄になり鎮魂の行事も形骸化される事を危惧します。
それぞれの家庭に残る戦の記憶も核家族化の波に流されつつあります。

我が家でも昭和12年に25才で召集され中国大陸を北から南まで4年間、転戦し太平洋戦争勃発で上海で現地召集、ラバウル・ニューギニア、最後をブーゲンビル島で昭和20年5月に戦死した叔父がいます、享年33才、職業軍人でもない一般人に8年間も戦を強いるのが戦争です。
遺骨も祖国に還る事、叶わず帰国したのは一欠片の小石のみです。

国が果たした責任は追悼式を開催するのみです。


# by tabibitohide | 2018-08-15 18:43 | Trackback | Comments(0)

秋の訪れ(萩)


by tabibitohide