熊本大水害から65年
2018年 06月 26日
あの大惨事の頃に生まれた方々が65才に定年を迎えるまでの時が過ぎたのですから大昔、歴史上の出来事でしょうね。
翌々日の6月28日、避難先の寄宿舎の食糧が底を尽き、一日で徒歩で帰宅可能な生徒に退出命令その距離、約50KM、コッペパン一個を貰い歩き始めました。
熊本市内の惨状は目を覆う状況でした。九州学院前の道路のあスハルトは剥がれ電車の軌道も見えません。
大甲橋際の河原に並べられ、蓆で覆われた多くの犠牲者の遺体、大劇前に止められた車の屋根だけ見える姿は未だに鮮明に瞼に残ります。
旧国道3号線を通り、京町台に着くと何事も無かったような平常さです。
一昨年の大震災時にも感じましたが、現場からそれほど離れていなくても被害の差も異なり意識も異なります。
65年前は情報はラジオ・新聞の時代、情報の伝達速度も異なります。
現代社会は情報社会、映像も音声も瞬時に伝達されます。
然し、自分の目で見、耳で捉えた事象だけが自分の得た現実であり、伝達された情報は現実味が少ない事に変りが無いように思えます。
by tabibitohide
| 2018-06-26 21:20
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